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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10173号 判決

原告 稗田鐵夫

右訴訟代理人弁護士 松井邦夫

被告 新宿区

右代表者区長 山本克忠

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 石葉光信

右被告新宿区指定代理人 山下一雄

〈ほか三名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一、二三一万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都新宿区戸塚一丁目四四八番地(昭和五〇年六月一日町区域及び町名変更により同区西早稲田三丁目四四八番地となった。)所在の宅地(登記簿上の面積五一・一四平方メートル)上に木造二階建住宅一棟を所有していたが、右建物を取りこわして跡地に鉄骨造三階建住宅一棟(建築面積三四・〇二〇平方メートル、延床面積一〇五・三〇〇平方メートル)を新築する計画を立て、昭和四七年一二月五日新宿区建築主事に建築確認申請書を提出して、右建築計画が関係諸法令の裁定に適合するものであることの確認を求めた(以下これを「本件申請」という。)。

なお、被告山本武(以下「被告山本」という。)は新宿区建築主事であって、被告新宿区は被告山本の使用者である。

2(一)  被告山本はその権限を濫用し、本件申請につき、昭和四九年二月八日建築基準法六条四項の規定による適合しない旨の通知(以下「本件不適合処分」という。)をするまで一年二か月間、何らの処分もせず漫然これを放置した。

(二) 本件申請にかかる建築物の敷地の東側部分には、東側隣地との境界線にまたがって南北に通ずる道(以下「本件通路」という。)があるが、本件通路は、従来から幅員が一・八メートル未満であり、その中心線も甚だ不明確で、建築基準法四二条二項の道路(以下「みなし道路」という。)に該当しないことが明らかであったにもかかわらず、被告山本はその権限を濫用し、原告方の近隣の居住者である訴外山田両吉の建築確認申請にかかる建築計画を確認するため、右訴外人に内容虚偽の証明書を作成させたうえ、昭和四八年初めごろ新宿区役所備付けの道路図面の本件道路の位置にみなし道路が存在するように工作し、右訴外人の申請に対し建築確認処分を行った反面、原告からの本件申請に対しては、

(1) 申請敷地の境界が現地の境界標識(石杭及びブロック塀)と異なっている。

(2) 申請敷地東側に同敷地の一部を含めみなし道路が存在するため、建築基準法四四条一項(道路内の建築制限)、五三条一項二号(建築面積の敷地面積に対する割合)、五六条一項一号(建築物の各部分の高さ)の各規定に抵触する。

との理由で、昭和四九年二月八日本件不適合処分をした。

(三)(1) 原告は、昭和四八年一〇月一六日東京都建築審査会に対し前記(一)の不作為の違法確認の審査請求をしたが、その後被告山本により本件不適合処分がなされたため、右審査請求を取り下げ、昭和四九年二月二七日新たに本件不適合処分の取消しを求める審査請求をしたところ、東京都建築審査会は、原告の右審査請求は理由があるとして、昭和五〇年八月一三日本件不適合処分を取り消す裁決をした。

(2) それにもかかわらず、被告山本はその権限を濫用し、その後昭和五三年四月七日に至るまでの間本件申請に対し確認処分をせず、漫然これを放置した。

(四) なお、被告山本は昭和五三年四月七日本件申請に対し昭和四七年一二月二五日に遡って確認処分をした。

3  原告は被告山本の前記2の(一)ないし(三)の不法行為によって次のとおり合計金一、二三一万六、〇〇〇円相当の損害を被った。

(一) 建築資材等の値上がりによる建築費差額       金六六七万円

昭和四八年一月に工事をしていれば金九六一万円(ガス工事、照明工事、解体工事費合計金一〇〇万円を含む)で同一家屋が建築できたのに、原告にとって家屋を新築する差し迫った必要が生じたので昭和五二年八月二一日株式会社国井工務店と建築工事請負契約を締結したところ、その工事代金は金一、六二八万円となった。その差額金六六七万円は具体的に発生した損害である。

(二) 慰藉料 金四〇〇万円

(三) 雑費 金三〇万円

本件申請後の昭和四八年一月から東京都建築審査会の裁決により本件不適合処分が取り消された昭和五〇年八月までの間に本件申請に関連して原告が支出した諸費用

(四) アパート借室料 金二四万六〇〇〇円

家屋新築ができなかったため、昭和四九年六月から同五〇年八月まで子供の勉学のため借りたアパートの賃料合計額。

(五) 弁護士費用 金一一〇万円

4  原告の被った前記3の損害に対し、被告山本は民法七〇九条により、被告新宿区は同法七一五条一項により、それぞれ賠償責任があるところ、右各損害賠償義務は不真正連帯の関係に立つから、被告らはそれぞれ損害の全部を賠償すべきである。

5  よって、原告は被告らに対し、各自金一、二三一万六、〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和五〇年一二月一一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)については、被告山本が昭和四九年二月八日に本件不適合処分をしたことを認め、同被告が権限を濫用して原告主張の期間本件申請を漫然放置したとの事実は否認する。

被告山本は、本件通路がみなし道路の要件を備えているか否かについて綿密に調査し、検討した結果、昭和四八年二月二日本件通路はみなし道路に該当するとの判断に到達したので、原告に対し建築計画を変更しない以上建築確認処分をすることはできない旨口頭で説明し、本件申請の内容を建築関係法規に適合するように補正することを促し、原告が補正するのを待っていたものである。

3  請求原因2(二)については、原告主張の位置に本件通路が存在すること、被告山本が、原告方の近隣に居住する訴外山田両告の建築確認申請に対し確認処分を行った反面、原告からの本件申請に対しては昭和四九年二月八日に原告主張のような理由により本件不適合処分をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件通路がみなし道路に該当するとの被告山本の認定判断に誤りはない。

4  請求原因2(三)(1)の事実は認める。

5  請求原因2(三)(2)については、被告山本が昭和五三年四月七日に至るまでの間本件申請に対し確認処分をしなかったことは認めるが、同被告が権限を濫用し、原告主張の期間本件申請を漫然と放置したとの事実は否認する。

本件申請にかかる建物の敷地を含む付近一帯の用途地域が昭和四八年四月一九日東京都告示第四百九十六号により第二種高度地区に指定されたため、本件申請にかかる建物の一部が北側斜線制限に抵触することとなったので、被告山本は原告に対し、建築計画を変更しない以上確認処分をすることはできない旨告げて、右計画の修正を求めていたものである。

6  請求原因2(四)の事実は認める。

7  請求原因3の各事実は否認する。

8  請求原因4の主張は争う。

仮に本件不適合処分が瑕疵ある行政処分であるとしても、右処分をしたことについて被告山本に故意過失はない。すなわち、

(一) 被告山本は、本件通路が建築基準法の施行の日である昭和二五年一一月二三日(以下「基準時」という。)において同法四二条二項に定める特定行政庁の指定である「建築基準法第四十二条第二項の規定に基づく道路の指定」(昭和三〇年東京都告示第六百九十九号)に定められた、みなし道路となる要件を具備していると認定し、これを前提として本件不適合処分をしたのであるが、右認定に当たっては次のとおり十分調査を尽くした。

(1) 新宿区建築部建築課備付けの「道路位置指定、法四二条二項道路位置図」には、本件通路はみなし道路として図示されていた。

(2) 本件通路については昭和三年一〇月三〇日警視総監指令第三七六号による建築線の指定がなされているが、その間隔は九尺であった。

(3) 近隣住民の署名捺印のある文書には、本件通路は基準時において一・八メートルの幅員を有していた旨記載されていた。

(4) 現地調査及び近隣住民からの事情聴取も実施し、本件通路の基準時における状況を確認した。

(二) 本件通路がみなし道路に該当するか否かを判断するに当って、前記東京都告示第六百九十九号に定める一・八メートル以上という道の幅員の測り方(建築物の外壁間で測るか、外壁から突き出た部分―たとえば軒先―間で測るか)が問題となるが、右の点については依拠すべき判例・学説とも皆無であり、被告山本は、東京都の従来の行政実例に従い、道の両側の建築物の外壁間で測る方法を採用したところ、本件通路の幅員は基準時において一・八メートル以上あったものと認められたので、本件通路をみなし道路に該当するものと判断した次第であって、仮に右測定方法が相当でないとしても、右測定方法によったことにつき被告山本に過失はないというべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  被告山本に対する請求について。

原告の被告山本に対する本訴請求の要旨は、原告がした本件申請に対し、新宿区建築主事の職にある被告山本はその権限を濫用して、申請後一年二か月間何らの処分もせず漫然放置し、次いで、建築確認を拒否すべき事由がないのに本件不適合処分をし、その後、東京都建築審査会の裁決により本件不適合処分が取り消されたにもかかわらず、速やかに建築確認通知をせず、その権限を濫用して二年間以上も放置したが、同被告のこれらの違法行為によって原告は有形無形の損害を被ったので、民法七〇九条により右損害の賠償を求めるというのである。

しかし、公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員の所属する国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人は民法七〇九条による損害賠償責任を負わないものと解すべきところ、建築基準法の定めるところにより建築確認申請に対する審査、確認の事務を掌る建築主事が公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員に該当することはいうまでもないところであり、かつ、本訴請求は建築主事の職務を行うについてした被告山本の違法な加害行為を原因とするものであることが原告の主張自体によって明らかである。

そうすると、被告山本個人に対する本訴損害賠償請求は、それ自体失当として排斥を免れないものといわなければならない。

二  被告新宿区に対する請求について。

1  原告は、被告新宿区の被用者である同区建築主事山本武が同人の職務を行うについて故意又は過失により違法に原告に損害を与えたことを理由として、民法七一五条一項に基づき被告新宿区に対し損害賠償を求めているのであるが、原告において山本主事の加害行為として主張している同主事の作為又は不作為は、地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについてしたものであることが右主張自体によって明らかであるから、同主事の使用者である被告新宿区の責任については、民法七一五条の規定は適用がなく、民法の特別法としての国家賠償法一条一項の規定が適用されるものであることはいうまでもない。

したがって、原告が被告新宿区に対する本訴請求の根拠法条として民法七一五条一項を掲げているのは失当であるが、右は擬律についての主張の誤りにすぎないので、当裁判所は、原告の主張に拘束されることなく、被告新宿区の国家賠償法上の責任の有無について考察を進めることとする。

2  原告がその主張の建築物の建築計画につき昭和四七年一二月五日被告新宿区の建築主事山本武に対し建築確認申請書を提出して本件申請をしたこと、山本主事は右建築計画が関係諸法令の規定に適合するかどうかについて遅滞なく決定をしなかったため、原告はこれを不服として昭和四八年一〇月一六日東京都建築審査会に対し右の不作為の違法確認を求める審査請求をしたこと、その後山本主事は昭和四九年二月八日本件申請に対し原告主張の理由に基づいて本件不適合処分をしたこと、そこで原告は前記不作為の違法確認の審査請求を取り下げ、同年二月二七日同審査会に対し本件不適合処分の取消しを求める審査請求をしたところ、同審査会は右請求は理由があるとして昭和五〇年八月一三日本件不適合処分を取り消す裁決をしたこと、右裁決があった後も山本主事は本件申請にかかる建築計画に対し確認通知をせず、ようやく昭和五三年四月七日に至り昭和四七年一二月二五日に日付けを遡らせて確認通知をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、原告は、山本主事が原告の本件申請に対し申請があった後一年二か月間何らの処分もしなかったこと、同主事が本件不適合処分をしたこと、本件不適合処分が東京都建築審査会の裁決により取り消されたにもかかわらず、同主事がその後二年数か月間本件申請に対し確認通知をしなかったことは、いずれも原告に対する違法な加害行為であると主張するので、以下において山本主事の右作為又は不作為の違法性の有無につき順次判断するが、判断の便宜上、まず、本件不適合処分の国家賠償法上の違法性の有無について検討し、次いで、前後二回にわたる処分の遅延が違法であるかどうかについて検討する。

3(一)  建築基準法は、その第三章において都市計画区域内の建築物の敷地、構造及び建築設備に関する規制を定め、建築物又は敷地を造成するための擁壁は、道路内に、又は道路に突き出して建築し、又は築造してはならない旨(四四条一項)、住居地域内の建築物の建築面積の敷地面積に対する割合は十分の六を超えてはならない旨(五三条一項二号)、住居地域内の建築物の各部分の高さは当該部分から前面道路の反対側の境界線までの水平距離に一・二五を乗じて得たもの以下としなければならない旨(五六条一項一号)、それぞれ定めている。

ここにいう道路とは、同法四二条一項により、同項各号の一に該当する幅員四メートル以上のものをいうと定義されているが、その例外として、同条二項本文は、同法第三章の規定が適用されるに至った際現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道で、特定行政庁の指定したものは、道路とみなし、その中心線からの水平距離二メートルの線をその道路の境界線とみなす旨定めている。そして、同法附則一項、昭和二五年政令第三百十九号によると、建築基準法第三章の規定が東京都の特別区の区域に適用されることとなったのは昭和二五年一一月二三日であるが、成立に争いのない乙第五、六号証によると、当時東京都特別区の区域の特定行政庁であった東京都知事は、昭和二五年一一月二八日東京都告示第九百五十七号「建築基準法第四十二条第二項の規定に基づく道路の指定」によってみなし道路となるべき道を指定したこと、右告示はその後昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六百九十九号により全部改正され、本件申請当時及び本件不適合処分当時施行されていた右告示第六百九十九号(以下「本件告示」という。)三項には、みなし道路の要件として「基準時(注、建築基準法第三章の規定が適用されるに至った際をいう。)において、現に存在する幅員四メートル未満一・八メートル以上の道で、一般の交通に使用されており、その中心線が明確であり、基準時に、その道のみに接する建築敷地があるもの。ただし、その道の全部または一部ががけ道等またはその道の延長が三十五メートル以上の袋地状の道(以下「行止り道」という。)で、避難または通行の安全上、その道の周囲の土地の状況等により、がけ道等については、拡幅を必要と認める状態にある場合、行止り道については、終端付近に通り抜け道路の位置指定・自動車回転広場、非常用通路等いずれかの設置を必要と認める状態にある場合で、別に指定した部分を除く。」と定められていることが明らかである。

(二)  本件不適合処分は、本件申請にかかる建築物の敷地の東側部分に東側隣地との境界線にまたがって南北に通じている本件通路が、前項に掲げたみなし道路の要件を備えていることを前提として行われたものであることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆えし得る的確な証拠はない。

(1) 本件通路は、本件申請にかかる建築物の敷地の北側を東西に通じている幅員六・二メートルの公道からほぼ直角に分岐し、右敷地上に戦前から存在している原告所有の木造二階建住宅と原告方の東隣りに右公道に面して建てられている現在川島きよ所有の二階建家屋との間を北から南に走って早稲田通りに至る私道であって、戦前から道としての形態を備え、昭和三年一〇月三〇日市街地建築物法による建築線の指定を受けていたが、昭和二五年一一月二三日の基準時当時、その両側には戦災を免れた古い家屋が立ち並び、本件通路は付近住民をはじめ一般公衆の交通の用に供されており、前記公道に面した原告方住宅及び川島きよ方家屋の各敷地を除けば、その付近一帯の本件通路両側の建物の敷地は、いずれも本件通路のみに接していた。

(2) 原告方付近における現時点での本件通路両側の建築物の配置状況は、別紙図面(一)に示すとおりであり、川島方家屋の一階部分の本件通路に面した外壁と原告方住宅の一階部分(ただし、台所を除く。)の本件通路に面した外壁の各壁面間の最短距離は、別紙図面(二)に示すとおり現況では一・六五ないし一・六六メートルであるが、川島方家屋の本件道路に面した外壁の壁面は、基準時においては現在位置より約四〇センチメートル東寄りに後退した位置にあり、昭和三〇年ごろ右外壁の一部を取りこわして本件道路から直接二階に出入りできる階段が設けられ、更にその後一階部分が増築されて現在の状況になったものであり、一方、原告方住宅は、基準時後に一階の台所部分を拡張して張出しを設けた以外は、基準時における建物本体の状況は現況と異ならないが、右台所部分の南側に現在設置されているトタン塀は基準時には存在しなかった。かようにして、原告方住宅と川島きよ方家屋の各一階部分の外壁壁面間の間隔は、基準時においては最も狭い部分をとっても二メートルを超えており、その間を通っている本件通路部分には路端に植え込み等私的に占有利用されている部分はなく、両側の建物の外壁壁面間の空地部分全部が通路として一般の交通の用に供されていた。

(3) もっとも、原告方住宅の二階部分の東北隅は一階部分より本件通路側に斜めに張り出しており、また、二階の屋根の軒出しが約四〇センチメートルあり、川島方家屋の一階及び二階の庇の軒先が当時の建物外壁から約六〇センチメートル本件通路側に突き出しているため、原告方住宅二階張出し部分(その底面の地上からの高さ約二・八メートル)と川島方家屋一階及び二階の庇の軒先(一階軒先の地上からの高さ約二・六メートル)との間隔及び原告方住宅二階軒先と川島方家屋一、二階庇の軒先との間隔は、最も狭い部分で水平距離にしてそれぞれ一・〇六メートル、〇・六六メートルにすぎないが、原告方住宅二階軒出し部分は言うに及ばず、右二階張出し部分及び川島方家屋一階庇の突出部分も人車の交通の障害とならない高い位置にあるため、右各部分の直下に当たる地上も通路として一般の交通の用に供されていたものである。

(4) 別紙図面(一)に示す山岸方建物は基準時には存在せず、この部分には共同井戸があって、近隣の人々がこれを利用していた。

同図に示す塩田方建物は基準時後新築されたものであり、基準時において存在した旧建物の本件通路に面した外壁の壁面の位置は同図の「被告ら指示線」の線上にあり、右建物の周囲には、現況と異なり基準時にはブロック塀、垣根などは存在しなかった。

一方、同図に示す矢ヶ部方建物の本件通路に面した外壁面は、基準時においては、現在位置より約四〇ないし五〇センチメートル東寄りに後退した位置にあったが、その後増築されて現在の状況になったものであり、基準時において、右両建物の外壁壁面間の間隔は二メートルをはるかに超え、しかもその間に介在する空地の全部が通路として一般の交通の用に供されていた。

同図に示す山田方建物は昭和四八年に旧建物を取りこわしたうえ新築されたものであるが、基準時において存在した旧建物とその東側の平倉方建物との間には二メートル以上の間隔があり、その間の空地全部が通路として一般の交通の用に供されていた。

(三)  ところで、本件告示三項によりみなし道路とされる道の幅員とは、道の形態を備えている土地のうち現実に一般の交通に使用されている部分の両側端線間の最短距離をいうものと解するのが相当であり、道に面した建物から軒、庇その他の構築物が道に向かって突き出している場合であっても、右突出物の地上からの高さが人車の交通の障害とならない程度に十分高く、その直下の地上も道の一部として現に一般の交通に使用されているときは、右突出物の直下に当たる部分を道の幅員から除外すべき理由はない。《証拠省略》によると、本件不適合処分に対する審査請求についての東京都建築審査会の裁決は、本来、建築物は道路内に、又は道路に突き出して建築してはならないという建築基準法の趣旨にかんがみ、みなし道路となるべき本件告示にいう道の幅員とは、道の両側に沿う建築物の軒先その他突出部分の先端間の水平投影距離をいうものと解すべきであるとの見解を示していることが認められるけれども、右見解には同調することができない。けだし、建築基準法四二条二項の法意は、市街地における既存の幅員四メートル未満の道については、基準時以後もできるだけ同法上の道路として取り扱うことによって、このような道のみに接する敷地上の建築物について新築又は増改築等を可能ならしめ、もって当該敷地所有者及び建物所有者の既得権を保護しようとするにあり、これを承けて定められた本件告示三項の規定は、右規定に該当する可能性のある道は大部分が私道であって、道の両側の土地の所有者が敷地の一部を出しあって通路として使用しているため、市街地の私道では、通常の人車の通行に支障のない範囲では軒先等建築物の一部分が通路に突き出して建築されているのが一般的である現状をやむをえないものとして容認したうえ、そのような道も建築基準法上の道路として取り扱うことにより関係人を救済するものとし、ただ、新築及び増改築を行う場合に同法四四条一項による制限を加えることによって、同法四二条一項に定められた本来の道路の幅員を事後的に確保しようとする趣旨のものと解するのが相当であり、もし、右裁決の見解のように、地上からの高さに関係なく道の両側の建物の軒先その他最も突出した部分の間の水平投影距離をもって本件告示三項にいう道の幅員とする考え方をとるならば、基準時に存在していた市街地における私道は、かなりの部分が幅員不足の理由でみなし道路としての取扱いを受けられないこととなり、その結果このような私道のみに接する敷地上には新たに建築物を築造することができなくなるばかりでなく、幅員が一・八メートル以上ある場合であっても、各建物により突出物の突出程度が異なるため道路の中心線を定めることすら困難となる等著しく不合理な結果が招来されるのみならず、他方において、一般の交通に使用される陸路としての機能面から考えても、通常の人車の通行に支障のない高さの建築物の突出部分まで考慮して道の幅員を決定することに合理性があると到底考えられないからである。

(四)  前記(二)の認定事実に基づき、右(三)に説示したところに照らして考えると、本件通路は、原告方住宅北側公道への出口部分からその南方の奥にある前記山田方及び平倉方建物前に至る延長およそ二十数メートルの区間に関する限り、基準時において二メートルを下回わらない幅員を有していたものと認められ、また、前記(二)の事実によれば、右区間には基準時において路線の大きな屈曲や著るしい幅員の広狭差はなく、本件通路の中心線は明確であったことがうかがわれる。《証拠判断省略》

(五)  そうすると、本件通路のうち前記(四)の区間は建築基準法四二条二項本文、本件告示三項の定めるみなし道路の要件をすべて満たしているものと認めざるを得ないから、本件申請にかかる建築物の敷地との関係で本件通路をみなし道路に該当するものと認定した山本主事の判断に誤りはなかったことに帰する。

なお、原告は、山本主事が昭和四八年初めごろ新宿区役所備付けの道路図面の本件通路の位置にみなし道路が存在するように工作した旨主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中には右主張に添うような供述もあるが、右供述は《証拠省略》に対比すればたやすく採用しがたいのみならず、右道路図面は、昭和四一年から四六年にかけて新宿区内の道路の現況を調査し、みなし道路に当たると推測される道に赤線を付したものであって、新宿区役所における執務の一応の参考とされているにとどまり、特定の道が同図面に赤線をもって表示されているかどうかは、右の道がみなし道路に該当するか否かの決定的な証拠とはなりえないものであることが《証拠省略》によって明らかであり、右図面の記載いかんにかかわりなく本件通路がみなし道路に該当することは既に認定したとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

(六)  そして、《証拠省略》によると、本件申請にかかる建築物の建築計画では、建築物の東側外壁面と東側隣地境界線との水平距離が建物北側で〇・九メートル、建物南側で一・七五メートルとされており、敷地(住居地域に用途地域の指定がされている)面積は本件通路の部分を含めて六一・二四三平方メートル、建築面積が三四・〇二平方メートル、建築物の東側外壁面の地上から屋上手すりまでの高さは九・九五メートルとされているが、右建築計画は、敷地の東側が直接隣地に接しその間に道路がないことを前提として樹立されたものであるところ、本件通路がみなし道路に該当し、その中心線からの水平距離二メートルの線が道路と敷地との境界線とみなされるため、本件申請にかかる建築物は一部が道路内にはみ出して建築されるものとなり、敷地の建ぺい率も九割近くに達し、三階東側の一部が東側道路の反対側境界線からの斜線制限に抵触する結果、その建築計画は建築基準法四四条一項、五三条一項二号、五六条一項一号の規定に適合しないことになることが明らかであり、この認定に反する証拠はない。

(七)  以上によれば、原告の本件申請に対し山本主事が本件不適合処分をしたことは正当であって、右行為は、その行政処分としての効力いかんにかかわりなく、国家賠償法上、違法な公権力の行使に当たるものとは認められない。

4(一)  原告の本件申請にかかる建築計画が関係法令の規定に適合しないものであったことは前述のとおりであるが、建築基準法六条三項及び四項は、建築主事が確認又は不適合の通知をなすべき期限を確認申請書を受理した日からら二一日(六条一項四号の建築物については七日)と定めているのであるから、建築確認申請に対し建築主事が正当な理由がないのに右期限を経過しながら当該建築計画の関係法規適合性の有無につき決定をしなかったときは、右不作為は原則として違法たるを免れない。そこで、以下、山本主事が本件申請を受理した後一年二か月間も右の決定をしなかったことについて正当な理由があったか否かを検討する。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、本件申請があってから本件不適合処分がされるまでの経過は次のとおりであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

(1) 本件申請は、一級建築士小笠原栄一が原告の申請代理人として新宿区役所建築課に申請書を提出してしたものであるが、昭和四七年一二月五日右申請書を受理した同課指導係では、係員池田新一が翌日現地調査を実施したところ、申請書添付の配置図には記載されていない本件通路の存在することが判明し、その幅員は公道への出口付近では現況一・六六メートルであるが、奥の方では相当広くなっており、両側の建物が基準時後に増築されたため幅員が狭くなった可能性も否定できず、本件通路がみなし道路に該当する場合には確認通知をすることができない関係上、二十数年前の基準時における本件通路の状態及び利用状況を調査確認する必要のあることが認められ、かつ、右の調査確認のためには相当の日時を要するものと見込まれたので、指導係では同日建築主事名をもって前記小笠原建築士に対し、本件通路につきみなし道路該当の有無を調査する必要があるため確認又は不適合の決定をすることができない旨を記載した中断通知書を発送したうえ、前記事項について調査を開始した。

(2) たまたま昭和四八年一月二〇日、原告方住宅の三軒南隣に住む訴外山田両吉から新宿区建築主事に対し、本件通路に面した敷地に木造二階建住宅を建築する計画につき建築確認申請があったが、右建築計画は本件通路がみなし道路に該当することを前提とするものであったため、建築課指導係では、原告からの申請と右山田からの申請との双方について並行して本件通路の基準時における状態及び利用状況の調査を行い、右調査の結果山本主事は本件通路をみなし道路に該当するものと認定し、同年二月一九日右山田の建築確認申請に対し確認通知をし、他方、原告の本件申請については、そのころ池田指導係員が小笠原建築士に対し、本件通路はみなし道路に該当すると考えるので、このままでは建築確認ができないから設計変更をしてはどうかと勧告し、小笠原建築士は一応検討することを約し、その後池田係員と種々代案を相談していた。

(3) 原告は、同年四月ごろ山本主事に面会して、山田両吉方で新築工事をしているのは違反建築ではないかと質問し、建築確認を受けた工事であるから違反でない旨の説明を受けたが、自己の建築確認申請については建築課との折衝を小笠原建築士に委せ切りにしていたため、右面会の際に山本主事に対し本件申請に関しては言及しなかった。しかし、その後に至っても本件申請にかかる建築計画について適切な修正案が得られないため事態は一向に進展しなかったので、原告は同年九月ごろ再び山本主事に面会し、建築確認が受けられない理由について直接説明を求めたが、これに対し山本主事は、本件通路はみなし道路に該当する旨を告げた上、行政指導として、設計変更を行うよう勧告し、その点については小笠原建築士にもよく説明してあるはずである、設計変更が無理ならば、修繕ということで工事することも考えられるので、そういった措置を考えてほしい旨要望したところ、原告は特に意見を述べることなく、そのまま立ち去った。

(4) その後山本主事は、原告が右行政指導に服して設計変更又は修繕工事を行うことを検討しているものと考えていたところ、原告から同年一〇月一六日東京都建築審査会に対し、本件申請に応答しない同主事の不作為について、その違法確認の審査請求があった(右の事実は争いがない。)ので、原告が山本主事の前記要望に応ずる意思を有していないことを知り、やむをえず本件申請に対し不適合処分をする決意をしたが、念のため本件通路について旧市街地建築物法による建築線指定の有無、本件申請にかかる建築物の敷地の範囲等につき補充調査を実施したところ、その結果は、本件通路がみなし道路に該当することを否定する資料は得られず、むしろみなし道路に該当することをうかがわせるものであったので、昭和四九年二月八日本件不適合処分をしたものである。

(三)  右認定事実によれば、二十数年前の基準時における本件通路の状態及び利用状況を調査確認するためには相当の日時を要することは首肯し得るところであるから、少なくとも訴外山田両吉の申請に対し確認通知をした昭和四八年二月一九日の前日までは、本件申請にかかる建築計画について関係法規適合性の有無につき決定することのできない正当な理由があったものということができる。

次に、同年二月一九日以降は、山本主事において本件通路がみなし道路に該当するとの判断に到達していたのであるから、本件申請に対し不適合処分をするに熟していたことは明らかであるが、建築確認申請にかかる建築計画が関係諸法令の規定に適合しないと認められる場合において、建築主事が直ちに不適合処分をすることなく、申請人に対する行政指導として、建築計画の変更又は申請の取下を勧告し、これに応じた措置がとられるまで不適合処分を留保することは、必ずしも許されないものではない。申請人において右行政指導に協力する意思がなく、当初の申請に固執してこれに対する応答処分を求めているにもかかわらず、指導内容に応じた措置がとられないことを理由として不適合処分を留保することはもとより違法であるが、申請人において右行政指導に協力し、指導内容に応ずる措置をとるか否か考慮中であると認められる場合には、諾否の態度が明らかになるまで不適合処分を留保しても、これは社会通念上申請に対し応答しないことにつき正当な理由があるものということができるから、違法な不作為には当たらないものと解するのが相当である。そして、前段認定の事実によると、本件申請についての不作為違法確認の審査請求をするまでは、原告は、表面上山本主事の行政指導に協力して建築計画を再検討するかのような態度を示していたものと認めるのが相当であるから、それまでの間山本主事が不適合処分を留保したのは違法ではない。しかし、右不作為違法確認の審査請求がなされた以上、前記行政指導に服さない原告の意思が明確となったのであるから、右審査請求のあったことが山本主事に判明した以上速やかに不適合処分を行うべきは当然であり、右の時点以後昭和四九年二月八日に至るまでの間山本主事が不適合処分をしなかったのは、正当な理由を欠くものであって、違法である。もっとも、右の遅延は処分に慎重を期するため本件通路のみなし道路該当性につき再調査を実施したためであることは前認定のとおりであるが、本来、かかる調査は訴外山田の確認申請に対する審査の段階で実施すべきものであったのであるから、右再調査実施の必要性のあったことは本件不適合処分の遅延を正当化する理由とはならないものというべきである。

5(一)  本件不適合処分が昭和五〇年八月一三日に東京都建築審査会の裁決により取り消されたにもかかわらず、山本主事がその後昭和五三年四月七日まで確認通知をしなかった点に違法があるか否かについて判断する。まず事実経過について見ると、《証拠省略》によれば、本件申請にかかる敷地を含む付近一帯の用途地域が本件申請後の昭和四八年四月一九日に東京都告示第四百九十六号による東京都市計画高度地区の変更により第二種高度地区に指定されたため、本件申請にかかる建築物の一部が北側斜線制限に抵触するようになったが、山本主事は本件不適合処分をするに当たり右の事実を見落したため、このことを本件不適合処分の理由に掲げなかったこと、したがって、東京都建築審査会の裁決も北側斜線制限違反の有無については何ら判断していないこと、山本主事は東京都建築審査会の裁決があった後にあらためて本件申請につき審査したところ、前記北側斜線制限違反の事実を発見したので、原告及び小笠原建築士に対し、右の事実を告げた上、建築計画の一部を変更しない限り本件申請に対し法規適合性の確認をすることはできない旨通知して設計変更を勧告したが、原告は右勧告に従わず、本件不適合処分が裁決により取り消された以上速やかに確認通知をすべきであるのにこれをしないのは公務員職権濫用罪を構成するとして、山本主事を東京地方検察庁に告訴したこと、山本主事は、担当検事の呼出を受けて検察庁に出頭し、本件申請に対しては特別に確認をしてはどうかと検事に示唆されたので、本来本件申請は確認をすることができないものと確信していたが、やむなく、昭和五三年四月七日本件申請に対し昭和四七年一二月二五日に日付けを遡らせて確認通知をするという異例の措置をとり、他方、原告は担当検事の勧告により前記告訴を取り下げたことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  思うに、建築審査会の原処分取消裁決が関係行政庁である建築主事を拘束することは明らかであるが、建築確認申請に対する不適合処分には関係法令の規定に適合しない理由を付することが要求されていることにかんがみると、不適合処分取消裁決は、原則として、右不適合処分の理由と同一の理由によっては再度不適合処分をすることができないという範囲においてのみ拘束力を生ずるにとどまり、前の不適合処分(「第一次処分」という。)と異なる理由によって再度の不適合処分(「第二次処分」という。)をすることは原則として妨げられず、ただ、第二次処分の理由が第一次処分時に存在していたにもかかわらず、建築主事が故意にこれを第一次処分の理由から除外したような場合に限り、信義則上これを第二次処分の理由とすることは許されないものと解するのが相当である。

また、行政処分は原則として処分時の法令に準拠してされるべきものであり、このことは建築確認申請に対する処分の場合においても同様であって、審査の対象は、申請にかかる建築計画が処分時の関係法令の規定に適合するか否かであるから、たとえ右計画が申請時においては適法なものであったとしても、処分時においては関係法令の規定に抵触するときは、建築主事は確認をしてはならないものといわなければならない。

(三)  以上の見地に立って本件を見ると、本件申請にかかる建築物の一部が申請後に北側斜線制限に抵触するに至ったものである以上、原告において建築計画を変更しない限り本件申請は確認を受けられない筋合であるから、山本主事の前記(一)認定の措置(建築計画の変更勧告に応じない原告に対し速やかに第二次不適合処分をせず、かえって担当検事の示唆によるものとはいえ本件申請に対し本来行ってはならない確認通知をした点において法令に違反するが、右違法は原告にとって利益に帰するものである。)のうち、本件裁決後原告に対し北側斜線制限に適合するよう建築計画の変更を勧告し、昭和五三年四月七日まで本件申請に対し確認通知をしなかったことは、法的に保護された原告の利益を侵害する違法な加害行為であるということはできない。

6  以上の検討の結果によると、本件申請に関連する山本主事の一連の作為、不作為のうち、原告から不作為の違法確認の審査請求のあったことが山本主事に判明した時点以後昭和四九年二月八日に至るまでの間、不適合処分をするのを怠ったことは違法であるが、同主事のその余の所為には原告主張のような違法のかどはない。

7  進んで、右に説示した山本主事の不適合処分の違法な遅延により原告の被った損害について審究すると、右損害としては、原告が、不作為の違法確認の審査請求を提起した後右審査請求を取り下げるまでの間において、右審査請求を維持し、その手続を追行するのに要した費用(提起及び取下げ自体に要した費用を除く。)がこれに当たるものと考えられるところ、原告に右のような費用が生じたことを認めるに足りる証拠がないので、本件においては損害の証明がないことに帰着し、被告新宿区に対する損害賠償請求は全部失当である。

三  以上のとおりであるから、被告らに対する原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 瀬木比呂志 裁判官菅原雄二は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 近藤浩武)

〈以下省略〉

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